はじまりのずっとまえ

 

あなたは私をおぼえているだろうか。

わたしは貴方を、貴女を。ただしいかたちでおぼえているだろうか。

生まれ変わるという意味を知った。

四六時中脳内で暴れ回っていた言葉の子どもたちはどこかへと身を潜め、わたしの日常を邪魔することはなくなった。

わたしは大人へとかたちを変えて、静かで平穏な地獄を知った。

どうして人が電車に飛び込むのか、わかってしまった。

平穏は、押し潰されそうな衝動以上に恐ろしい。じわりと背筋を伝ってわたしを探り、あるはずのないスイッチをなぞる。朝日の眩しい朝は、涼しく静かで、とても怖かった。

怯えていた夜は星を揃えてわたしを歓迎する。こんなのは夢だと、元通りを疑わないわたしは、いつのまにか雑多の一員となっていた。

振り返っても、言葉の海は既に乾涸び、いつものように手を振ることはなかった。

思えば、長い夢のようだった。人は14時間も眠らないのだと言われて初めて、そりゃそうだと思えた。

おかしかった。たぶんずっと。わたしを理解するひとはどこにもいなかったし、理解を求めた説明もしたことはなかった。

音が、波が消えてはじめて、わたしはそれで良かったのだと。それで、良かったのだと気づいた。

こんどはわたしから探ろうと思う。あの海を。あの波を。あの衝動を。朝日に怯えない世界で、わたしの欠片を探そう。