酸素

 

どこに居ても息苦しいことを忘れていた

街の喧騒の一部でありながら、どこまでいったって何にも交われないことに気付かないふりをしていた

浅い呼吸に慣れた肺が捻れて笑う

もっと苦しめと背を硬くさせる

これ以上苦しみたくないと願いながら

たったひとつの救われる方法を知りながら

今日も目を瞑って耳を塞ぐ

何も言わぬよう口を閉ざして

そうして苦しいと喘ぎ続けている

 

 

嘘つき

 

言葉になんてしたくないのに、

言葉にしないと消えていく

言葉になんてできるわけないのに、

文字にしないと初めからなかったみたいに忘れてしまう

名前のない靄がかった感情に、知っている名前を無理矢理当て嵌めて正解にする

そうすると少しだけ安心できて、少しだけがっかりする

あれ、もっとキラキラして見えたのにな、って

 

 

 

ぼろぼろに削られて

鉛のような痛みも呑み込んで

耐えて、耐えて、耐え続けて

そうして呼吸を紡いで見せた

大丈夫なフリをしているフリをした

安価な痛み止めなんて所詮は薬のなり損ないで

苦味すらもチープに溶けていく

こんな世界で笑うには壊れてしまうほうがずっと早いと

教えてくれたあの人の目蓋は痙攣していたな

少し、つかれた

 

ねぇ生きてるの?

 

久しぶりだね。

 

ずっと生きてたの?

 

わたしは随分と生きてたよ。

 

わたしはもう、もう、言いたいことなんて何にもなくってさ。あんなに殴り書きのように湧いていた言葉がやっぱり、ちっとももう顔を出さないんだ。ずっと一緒に居たのにね。夢を叶えた罰かしら。何を言うかよりも何を言わないかが大切になってきたこの世界で、やっぱり口を開いてしまって。慌てて閉じて。息苦しくてまた開いて。

 

そんな繰り返しだよ。笑えるね

 

心はずっと変わらないなんて嘘で、わたしは随分変わったみたい。濁流のような激情は眠りについて、自分の本質のような何かを凝視するようになった。触れられると痛いところを守るようになった。自分のどこに傷が付いているのか、きちんと知った。その上で、その傷を持て余してる。

「ずっと蓋をしていたソレを開けるのはとても怖いことだと思うし、きっと放置していた年月分酷いことになってるだろう。だけどあと10年、20年と過ぎてしまったらもっと開けられなくなるよ」と言ったひとから、わたしは逃げてしまった。その話は痛かった。喉がどうしようもなく締め付けられて、降参したい気持ちだった。何も持たない少女のように、わんわんと泣くのは苦痛だった。だけど、堪えきれず溢れた涙を器用に拭える程に大人にはなれないまんま。

いつまでも奇跡を待っている。王子様でも魔法でも異世界転生でもなく、ひだまりのような奇跡を。

 

あしたも生きてゆけるかな。可能な限り、生きてゆくよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひとつ夢を叶えたんだと、わたしに教えてあげたいよ。悲しみを悲しみで終わらせない方法を見つけたんだよ。

それでも生き抜いてきたんでしょう、と言われて、そうだ。わたしはそれで生きてきた。いちども死なずに生き続けてきたんだって叫びたくなった。抑圧、抑圧、抑圧。解放を知ってから、わたしは喉に力が入る瞬間を見つけてしまったよ。

風を感じることができるんだ。涼しくて心地よいと、足を止めるようになったんだ。

わたしはどんどんと、人間になってゆく。戻ってゆく。締め付けられた紐をすこしずつ緩めて、へばり付いた笑顔を剥がして、すこしずつ。

身体と心を研ぎ澄ませば、傷付くことが多くなった。それに気が付けたとき、わたしはこんなに小さなことで傷付ける程、繊細に生きているんだと嬉しくなった。

ただしいあり方なんて70億個あるよ。わたしはわたしのただしいの上を歩いて、ときには踏み付けて、前へすすむ。

ギターを買った。ミニギター。歌を作るようになったよ。仲の良い友達と疎遠になって、肋骨を折って、沢山泣いて、それから、それから、おじいちゃんが死んだよ。

 

後悔ばっかの人生だ。でもさよならじゃない。気が狂ったわけではないけれど、嬉しいんだ。失って悲しく思えた自分が嬉しかった。大切だったと気付けたことが、言いたかった言葉が心にあったことが、それらぜんぶ。でも悲しいね。喉がぎゅってなるんだ。泣きそうなときのわたしの癖。ちいさいとき、泣かないように一生懸命力を入れて、喉を詰めて、涙も言葉も堰き止めてた。頑張ったんだよな、ずっと。

すこしずつ、生きてゆくよ。人間だから。

わたし、人間だからさ。

 

 

 

 

 

 

ラブレター

 

 

左目が乾いた。いたくて、つらくて、それでもぱちぱちと拍手のように目蓋を叩いた。

幸せのジェスチャーの仕方がこの世には沢山あるのだと、私は知っていた。2人分の食料、誰かの影を切り取った写真。楽しかったと、口に出さずにSNSに放り投げること。

凡庸に、幸せが消費されていく。誰かの目に触れれば触れる程、擦り切れて、褪せてゆく。

きみは、美しい。弱さを知り、強くなった。「道端に咲いた花が綺麗だ」と朗らかに、柔らかに笑うきみの笑顔が一等好きになった。切れ長の双眼の端っこが垂れるのが、愛おしくて、愛おしくて、たまらなかった。

幸せでいてほしいと思う。

きみときみの大切な人以外が知らない場所で、誰かより、なんて比べることもないままに幸せでいてほしいと思う。どうか、柔らかな愛情を抱えたまま、月にも太陽にも見つからず、歳をとって下さい。

あいしてる。愛してる。愛しています。

きみの幸せを想像して微笑む度に、こんなものではない幸せがきみを抱き締めてくれるはずと、きみの他愛無く幸せな日々を殊更願った。

今日も道端の花は綺麗だった。

だから私は、誰にも言わないでおくよ。

 

 

 

 

 

忘れ物を探しにいくような2018

 

 

ほんとうはこうしたかった。ほんとうは寂しかった。ほんとうは、ひとりぼっちでも生きられた。

目隠しもせずに見えない見えないと瞑った目蓋を無理矢理にでもこじ開けて見た世界。ずっと観ていた世界に、ふれた。

温度も、触感も、かたちも、ほんとうのほんとうはありもしない世界をふれて、たたいて、なぐって、だきしめた。うけいれた。

わたしは生きていたのだ。抱っこされたまま動いていく景色を観ながらも、たしかに心臓は動いていた。

どこにも居ないと泣いたけれど、いた。たしかにここにいた。ここにも、あそこにも、どこにだっていた。

ひとりぼっち 恐れずに 生きようと ゆめみてた

よるのゆめこそまことと、どこかの誰かは言ったけれど、わたしのまことはここでいい。ここがいい。この世界がいい。

おはようと、漸く言えた気がした。

朝焼けに塗れた欲望は、存外明るく光っていた。

おはよう。

名も知らぬ誰かの幸せを望むことは、昔習った教科書に書いてあった通り、素敵なことだった。

うつくしい世界。薄汚れて、すこし臭くて、どろどろとした世界。

わたしはここで生きていくのだと、生きていたのだと、呼吸をした。世界。せかい。

わたしに言葉を与えたひとたち全員に、侮辱や暴言の代わりにありがとうと伝えたい。それでいい。

今日もいい天気だった。

 

 

あなたが悪い あたしが悪い そんな言葉で今日を乗り切って明日を迎えたって 結局ぜんぶが今日の続きで 希望の消えた朝に見る太陽は どれだけ眩しくたって眼球を焦がすだけ

来ない春をゆめみてた

 

 

 

悪を破裂しそうな程に孕んだハイヒールの音はいつだって乾いていてわたしは安心する

しなびた世界に子孫は残したくない

博打は好きだが無謀な賭け事はしたくない

よくわたしを産めたものだと今更に感心する

あなたはわたしがこの世でびしょ濡れにされて雨混じりの塩辛い涙を流す確率を考えてわたしを産んだのだろうか

顔も見たことのない我が子

卵以上になり得ない我が子

愛おしいと思う

繋げていくのが美しいと誰かが言った

問答無用で渡されたバトンを何処がゴールかもわからないまま片手に駆け出して疲れたところで我が子へ託す

美しいとはなんだろう

しなびた世界で可愛いだろう我が子が泣かぬようにとわたしは今日も子孫繁栄に背を向ける

こどもはかわいいあいらしい

だからこそ見えないままでいい

 

 

 

 

 

 

世界の端っこのだれも来ない公園でなにかを待っていた

世界の終わりか始まりか

わたしは何かに少しばかり期待をして

錆びたベンチで夜を見た

血を分けたものを家族と呼ぶならあの蚊や血抜きをせずに食べたあの食材もわたしの家族かそれとも否か

だれを待てばいい なにを待てばいい

分からないままにわたしは期待する

分からないからわたしは期待する

へんなものだ

人の声が聞こえるたびに恐ろしく思う

刺激物と劇薬と大きな音と太い建物

止まらぬ時計が無意味なわたしを責め立てて

脳内で心中を決め込んだ

明日が来る とても、おそろしいと思う

 

 

 

草臥れた夢に布団をかけて子守唄を与えた

もういい もういいんだ

ゆっくり休んで深く沈んでいって

最初からなかったことになればいい

ねんねんころりよ 私の夢

せめていい夢を見てほしいなんて

なんて無責任なライム

 

はじまりのずっとまえ

 

あなたは私をおぼえているだろうか。

わたしは貴方を、貴女を。ただしいかたちでおぼえているだろうか。

生まれ変わるという意味を知った。

四六時中脳内で暴れ回っていた言葉の子どもたちはどこかへと身を潜め、わたしの日常を邪魔することはなくなった。

わたしは大人へとかたちを変えて、静かで平穏な地獄を知った。

どうして人が電車に飛び込むのか、わかってしまった。

平穏は、押し潰されそうな衝動以上に恐ろしい。じわりと背筋を伝ってわたしを探り、あるはずのないスイッチをなぞる。朝日の眩しい朝は、涼しく静かで、とても怖かった。

怯えていた夜は星を揃えてわたしを歓迎する。こんなのは夢だと、元通りを疑わないわたしは、いつのまにか雑多の一員となっていた。

振り返っても、言葉の海は既に乾涸び、いつものように手を振ることはなかった。

思えば、長い夢のようだった。人は14時間も眠らないのだと言われて初めて、そりゃそうだと思えた。

おかしかった。たぶんずっと。わたしを理解するひとはどこにもいなかったし、理解を求めた説明もしたことはなかった。

音が、波が消えてはじめて、わたしはそれで良かったのだと。それで、良かったのだと気づいた。

こんどはわたしから探ろうと思う。あの海を。あの波を。あの衝動を。朝日に怯えない世界で、わたしの欠片を探そう。

 

 

 

 

 

孤独から目を離し 手放しに平和を謳歌する事は案外存外に簡単で 逆さまになっているような違和感は奥へと仕舞い込んでしまえた。

あんなにも明るく 痛みすら感じた光も慣れてしまえば何ともなく むしろ便利にすら感じた。

あんなにも穏やかで 何もかもを隠してくれていた暗闇を 恐ろしいと思うようになった。

この どこまでも広く終着駅の無い世界に慣れてしまった私は 母の子宮に戻った時も同じように 恐ろしいと震えるのだろうか。

それは少し、すこぅしだけ、残念だ。

 

 

 

 

大嫌いだ

 

募金箱を抱えて立っている人間が酷く嫌いだ。

耳の悪い老人のように大きな声を張り上げ、遠い国の子どもたちの不幸を語るその声すら嫌いだ。

1人10円でも10人が募金すれば100円になる、と小学校低学年の時に見たテストの問題文のような言葉を高らかに叫ぶその魂が嫌いだ。

 

日曜、駅前、3時57分16秒etc

20人の高校生から大人、老人までが馬鹿のひとつ覚えの如くずらりと並び、せぇので合わせた言葉を甲高い耳障りな声で叫ぶ。

世界中の子どもたちは、と。

ボランティア ボランティア ボランティア

 

募金したい人間はいつだってどこであろうと募金箱があれば募金する。マックやコンビニがいい例で、お釣りをぽんと入れる。自分は世界の貧しい人間の為にお金を入れた、なんてことを思う人間は少ないだろう。ああ、募金箱だ。お釣りだ。入れよう。そう、ごく自然に。そこに募金箱があり、手頃なお釣りを手に持った。そして、自分すら深く考えていない募金しようというちっぽけな感情。

それだけで、何十万というお金が集まるのだ。それが日本だ。

そんな中で、束になり、列を作り声を張り上げ、募金を促すなんて馬鹿だ。阿呆だ。

今時募金なんてワンクリックで出来る。

 

20人が並んでいる時間、2時間にしよう。もしも2時間、並び声を張り上げる人間を1人に絞り、残り19人がアルバイトをすれば。

時給900円だとしても34200円だ。

それを繰り返せば、よっぽど金は集まる。

馬鹿らしい。阿呆くさい。恥ずかしい。

 

列を作り、人に金を入れろと声を張り上げる前に自分が働け。

自己満足の為に世界中の子どもの名を使うな。